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守りたいもの

梅雨の季節となりました。暫く鬱陶しい空模様が続きますが、この時期の雨は恵みの雨です。外出が億劫な時は部屋でゆっくり読書するなど日頃じっくり出来ない事への時間に充てると、以外とやりたい事が沢山見つかりそうですよ。

先日、ちょっとした貴重な機会に恵まれました。それは・・・ある生徒さんが「古本屋で見つけたから買ってみたんです」と言って古い書写の教科書を持ってきて見せてくれたんです。急だったので撮影させていただく事を思いつかず、今とはっては残念なことをしたと思っていますが。

それは小学校三年生の書写の教科書で、最後のページの奥付を見てみると昭和十年発行とありました。この時代ですので表紙には尋常小學校三年と書いてありました。最初に驚いたのは教科書のサイズです。とても小さく、文庫本のサイズより一回り大きいぐらい、A5より少し小さいぐらいだったと記憶しています。そして更に驚いたのは教科書の内容です。現在の小三の書写の教科書に比べると遥かに難しい手本ばかりで、現在の小六~中学生向けの内容と同程度でした。使われている漢字も現在の三年生では習わない漢字もあり、「読み、書き、算盤」に類する教育の内容は、当時の方が高かったかもしれないと思わざるを得ません。

でも、思い返すと納得できる点は沢山あります。私の祖父、祖母を含め高齢者の方々は、特に習っていた訳ではなくても字が整っている方が多いですし、よく字も知っています。亡き祖母から毎年届く年賀状の字は変体仮名を使ったものでした。また以前、実家に帰省した際に母が高校卒業時に書いたという履歴書を見せてもらったのですが、なんと全て毛筆で書かれていました。当時、母は書道を習っていた訳ではありません。恐らく母が特例ではなく当時の人は皆、同様に当たり前のように毛筆で履歴書を書いていたのでしょう。

また今、このブログを書いて思い出した事があります。それは野口英世の母、野口シカが海外に居る息子に宛てた手紙です。平仮名しか知らない母がお世辞にも上手とは言えない字で息子に会いたい一心で書いた手紙が残っているのですが、母の息子に会いたい、早く帰国して欲しい熱い思いが直球で伝わる手紙なのです。

現代の私達は真心こめて手書きで何かを書く機会は一年にどれぐらいあるでしょうか?また真心がこもった手書きの手紙をどれぐらい書き、また頂いているでしょうか?

同じ日本人なのに、そして現代の方が高等教育を受けている者が沢山居る中で、当時の日本人の方が教養が高く感じるのは私だけでしょうか?私は当時の日本人が持っていた教養や意識が美しいと感じますし、それを大切に守っていきたいと思っています。

パソコンや携帯電話に向かう時間が増える中、自分と向き合う事、自分を高める事を疎かにしていないかと改めて考えずにはいられません。忙しいから、疲れているからといって大切なものを後回しにし、安直な方に流れていないか、少し立ち止まる時間も必要です。私も少し立ち止まって考えてみたいと思っています。



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手本と目標

早いもので6月に入りました。本当に時間の流れが早いですね。でも少し気が焦ってしまいます。そろそろ今年の後半を意識しなければ、と。

先日は東京都台東区にある書道博物館に行き、「書のおてほん」展を見てきました。ここは書道愛好家しか訪れないといっても過言ではないので、いつでも人が少なく静かな場所で、また常に良い拓本を展示している場所は広い東京といえども少ないので書道愛好家にとっては有難い場所でもあります。

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「お手本」という言葉、習い事をしている人は勿論ですが、そうでない人も良く使う言葉ですよね。辞書で調べると①模範となる文字・絵画などを書いた本②行動の模範、鑑③規準となるかた、様式。とありました。

ここからは私自身の事になりますが、書道をする時に手本としているものは古典のみにしています。例え師匠が書いて下さったものでも(滅多にそのような事はありませんが)手本とはしていません。それは参考作品となり、いつか越えなくてはいけない存在と思うようにしています。手本という存在がとても大きく、尊いものであるという思いがどんどん深くなり、一生勉強しても辿り着けないような存在、どんな状況であっても変わらない存在、揺ぎ無い絶対な存在を手本としたいからです。こう考えるようになったのも私自身の成長だと感じています。私が習い始めた頃は、何が良くて何が悪いのか、まさに右も左もわからない時、そんな時は目の前の師匠の字が全てでしたが、練習を積み下手ながらも少しずつ世界が広がるにつれ私の師匠はだんだん手本を書いてくれなくなり、今に至っては何も書いてくれません。また私も求めていません。

先日見てきた「書のおてほん」展で展示されているものも全て古典です。書道を勉強している人なら知っているお馴染みの中国の古典が時代順に展示されています。面白いのは作品のキャプションに「学ぶべきツボ」が書かれていること。難しい書道文化を少しでも理解して欲しいという主催者側の気持ちなんだろうと想像しています。他にも「楷書」はなぜ「楷書」という名称なのか、といった解説もあり、私としてはそちらの方がよっぽど勉強となり、メモして帰ってきました。

手本はなるべく遠い存在であった方が自分が苦しくなった時や自分を見失った時に冷静に現実を受け止め、次に取るべきアクションを見い出せやすいと感じています。もし、お手本がちょっと頑張ったら手が届くようなレベルだと、到達した瞬間、その次を見失うでしょう。十年書いても、二十年書いても、五十年書いても答えが出ないから、ひたむきに謙虚に、そして冷静に取り組めるのだと思います。

とはいえ、常に遠くばかりを見ていると目の前が見えなくなり、今やるべき事が分からなくもなるので、やはり定期的に添削を受けたり、他の人の作品を見る事も重要となります。そして次に超える山(目標)を設定して無事に登りきったら一休みし、また次の山に向かう、を繰り返すしかありません。螺旋階段を登るが如くです。

生涯かけても辿り着けそうもない大きく絶対な存在を「手本」とし、その手本に近づくために段階に応じて幾つも「目標」がある、そんな考え方が分かりやすいと思います。

生きていく事も同様だなと思います。仕事が幾つも重なったり、トラブルに巻き込まれたり、自分に原因が無くてもやらなくてはいけない事など、生きていれば面倒な事や不条理な事が沢山です。でも自分の生き方に一つの大きな「手本」を持ち、その手本に近づくための「目標」を持ちだすと、目の前の面倒な事、厄介な事がくだらなく思えたり、小さく感じます。これは私が長年、書道を勉強しつつ会社勤務をしていた経験から自信を持って言えます。

因みに書道博物館では図録を二冊、購入しました。最近は作品の写真部分よりも後半の解説が目当てで図録を購入しています。まあ、どんどん書道オタクに磨きがかかってきている状態です。

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プロフィール

書道家(書道師範)、東京生まれ、北海道育ち、現在都内在住

美帆

Author:美帆
書道家(書道師範)、東京生まれ、北海道育ち、現在都内在住。あおい書道教室を主宰、大人から子供までを指導。

毎週月曜日夜間クラス(場所:新橋、成人対象)、隔週火曜日午後クラス(場所:高島平)の生徒募集中です。お問い合わせはメールフォームからお願いします。

出張指導にも応じています。プライベート、グループ(企業・団体への出張可)でのレッスンなど初心者から師範取得まで柔軟に対応いたします(級、段の取得可能)。

いまさら聞けない筆使いの基本、臨書の学習方法、創作の基本、理論などに特化した経験者向けの指導も可能です。既に他の教室で習っているものの行き詰まりを感じている方、伸び悩んでいると感じている方、私をセカンドオピニオンとしてお気軽にご相談ください。

大文字の揮毫(パフォーマンス)、アートワーク制作、看板文字、ロゴデザイン制作なども承っております。お気軽にメールフォームよりお問い合わせください。

(注)プライベートレッスンについては、女性限定とさせていただいております。

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